「宮崎さんは、風呂から出たばかりで、ピストルは机の引き出しに入れてあって、役に立たなかったと云ひます。休日で秘書官は一人も居なくて、仲子夫人と三人の女中さんだけでした」。

私は森夫人と話合ったことを、太田夫人に車の中で話しました。

四谷見附の灰吹屋にきますと、官邸に何度行っても入れてくれず、無駄をしてゐましたと、番頭が言いわけをしました。入用品を車に入れさせる間に、灰吹屋から自宅に電話しますと、母が出て「どんな様子だい」とオロオロ声でした。何んにも云えませんので、、「夜中になりますから、寝て下さい」とだけで切りました。
どなたのお車を拝借したのか、聞くことも忘れてしまい、急ぎ官邸に戻りました。

次室に入りますと、健氏が私に「この薬をつぶして下さい」と金色の小粒の入ったコップを渡されました。
仲子若夫人とスプーンで小粒を押しますが、固い小粒は水の中を動きまわるばかりでした。
この小粒は支那の気付薬とかで、これをとかした水を首相がおのみになれば、少しは気力もおつきになると聞きますと、一生懸命でした。
小粒も少しつぶれて、水がうす茶色になりましたのを、健氏が吸呑に入れて、病室にゆかれますのに、私もついてゆきました。
その吸呑の水を少し飲まれたとき、首相はむせて血を少し吐かれました。

御後へ紡いでまいります・・・

※ 原文のままの文字使いを使用しています。