「これはいけない」と」医師の一人に云はれましたので、ハッとしました。仲子若夫人と一生懸命にとかした支那の薬の水が、かへって悪かったように不安になりました。
それから首相は吐き気がつき、安静でありましたのが、少しづつ悪い方になりますようで、心配でなりませんでした。
十五名の名医の方々が枕頭につめてをられましたが、別室で時々協議されては、また首相を見守られてゐました。

 弾丸は、顎から頭に入ってゐるとか、右膝も撃たれてをられたようでした。
「今夜中は保つ」といふ小声も聞かれました。

また協議をされたあとに、「弾丸摘出の手術がうまくゆけば」
「体力的にどうか?」などと、ささやかれます医師たちの声も聞こえましたが、十五名の医師たちが互にドイツ語で話し合はれるのが、何か不安でなりませんでした。

千代子夫人の軽い目まいに気がつきました私は、ブドウ酒をお飲ませしてから、お居間におつれしました。十一時近くでした。
次室にをられた仲子若夫人が、「塩原さん、私のところへ行って、道子と康彦をつれてきて下さい」。

御後へ紡いでまいります・・・

※ 原文のままの文字使いを使用しています。