十三年一月五日、年始の挨拶に四谷南町の犬養健邸にゆきました。
旧宅を取りこはしてしまい、犬養内閣が組閣された記念の日本間も、思い出の影となり淋しい気持ちでした。新築洋風の各室を拝見しました。

二月二十七日、熱海汐見町の芳沢別荘に、犬養未亡人をおたづねしましたら、一週間ほど滞在するようにと、申されましたが、一泊で東京へ帰りました。

四月六日日比谷の植田(銀器店)にゆき、清和会より木堂先生の七回忌の記念に、お供えします銀製の盛り皿二枚を注文しました。

四月八日、私宅に犬養未亡人がはじめて御来訪下さいました。
母や私と四方山話をなさいまして、午後一時半から四時半まで、御きげんでありました。

五月十八日、上野浄名院に故犬養先生の御冥福を祈念して、地蔵尊を建立した有志夫人たちを、未亡人は目黒の驪山荘にお招きになり、お手厚い御馳走をなさいました。


御後へ紡いでまいります・・・

※ 原文のままの文字使いを使用しています。