「ええ、大丈夫です」と力を込めて私が云ひましても、すぐまた聞かれ、三分おきぐらいに、同じ言葉をくり返します。

「大丈夫?」「大丈夫」と互にくり返してゐます中に、私は段々と不安になってじまして、病室のざはめきが気になりましたとき、仲子若夫人がお二人を急ぎ呼びにこられましたので、私も一緒に病室に入りました。

首相の枕辺に、ぐるりと各大臣が立列んでをられます中で、首相に近く鳩山文相の姿が目に入りました。私は寝台の裾に座って、目を閉じられたままのお顔をお見上げしました。

一言の苦痛も申されず、静かな御臨終でございました。


昭和七年五月十五日午後十一時二十六分。
「人は自らの死に所を悟らねばならぬ」といつの時でありましたか、犬養首相が申されましたお言葉を思い出しながら、私は涙の合掌をいたしました。

 

御後へ紡いでまいります・・・

※ 原文のままの文字使いを使用しています。