鳩山薫夫人

昭和五年、清和会の創立以来、苦楽を共にしてきた私にとっては、同志であり、会としては昭和十一年に二代目の会長となられた方です。

常任幹事の私に一度任せたら、信頼し思ふように私にやらせる、といった、女性ではちょっとまねのできない、大きいところがおありです。他との協調を保つためには、よく耐え忍ばれる雅量は、円満に発達された理智に依ることでありましょう。

「鳩山夫人は女として冷たい人ではないのか?家庭的な話は聞いたことがない」などと、云はれますが、それは女にありがちの愚痴も、人の噂もまた、衣類などについて、所謂女らしい話などはなさらないのです。もともと他人のことには干渉なさらない性格のようで、昔から嬉しいことがあっても、ハメをはずして喜ぶとか、また悲しいことがあっても、愚痴をいったり嘆いたりはなさいません。そのため、ややともすれば、強い性格と世間の誤解をうけられると思います。すべて出しゃばることがお嫌いなのです。

「白粉けもなく、それでゐて端麗な美しいご婦人だ。誰とでも気軽に逢って下さるし、腰の低い丁寧な要領のよい応対は、とても好い感じだ。お立派なお方だ」とほめられる方々も多いのです。

お若いときから、華やかな会合に出られる時も、指輪をはめてをられるのを見たことがありません。どんな大きいダイヤの指輪でもお持ちになれる身分ですのに。

薫夫人はコンパクトさえもお持ちになっておられません。たまに油取紙をおすすめしても、「顔に油気なんてないわ」と笑ってをられます。それでいていつも薄化粧してをられるようにお美しいのです。

「安田銀行に行かなければ」と云はれたとき、私は貯金にでもと、のんきに思ったところ、「利息払いに」ゆかれることがわかり、政治家の家計の切り盛りが、せいいっぱいで御自分の身につける着物や、装飾品に心をつかうゆとりが、おありではないのだと思いました。

御後へ紡いでまいります・・・