~龢【和】を尊ぶ心を育み、世界へ繋げる~
活動報告

歴史を支えた“やまとなでしこ”

5月15日 (3) -戒厳令のしかれた帝都の夜景-

畳廊下の夫人たちには、「氷をこまかにくだいて、一寸丸ほどの氷袋を沢山作って下さい」とたのみました。持ってこられる氷袋は氷が大きかったり、袋の口の紐が長く下さっていたり、氷は細々と砕かれてゐても、袋の口があまってブラブラす …

5月15日 (2) -早くお居間に行って-

「早くお入りなさい」。「でも入れてくれないんです」。「この方は首相夫人の秘書ですから、早く入れて下さい」。 土屋君が兵士たちに云いましたので、黒塗り木目の杉戸のところに、鳩山夫人と太田正孝代議士が立ってをられました。「早 …

5月15日 (1) -この日が永久のお別れでありました-

五月九日(月)午後三時、首相公邸にはじめて母が参上しましたとき、応接間までわざわざ首相御夫妻と仲子若夫人がお出ましくださいました。やさしくお言葉をかけて下さいまして、母は感謝してご挨拶を申し上げました。官邸の内部、お庭、 …

首相公邸 日本間 (4) 後編

「なぜ、四谷へ行ったときすぐ、デンワをかけないのです。警視庁で大騒ぎしたんです」。 夫人に云はれて宮崎刑事は、ただもう恐縮するばかりでした。 夫人は突然私邸にゆかれたのは、何の御用かと、不審に思ってをられた御様子でした。 …

首相公邸 日本間 (4)前編

病臥中の逓信参与官坂井大輔氏(総裁元秘書)が重態といふことでした。 首相は、政務多忙中をわざわざ紀尾井町の坂井家にういかれましたが、予定の時間を過ぎましても、帰邸なさいませんでした。 その頃は特に不穏の空気がただよってを …

首相公邸 日本間 (3)あの・・・政治って、大きくて深くて、むづかしくてわかりません。政治といふことは・・・

四月二十三日(土)朝九時半に日本間にゆきまして、首相夫人や若夫人と清和会の相談ごとをすませました。仲子夫人は秘書官邸にゆかれましたので、中食は御夫妻と私の三人でした。食後すぐ夫人は食堂のとなりの居間にゆかれましたので、食 …

首相公邸 日本間 (2)

二月二十六日(金)五寸あまりもつもった雪道を自動車で公邸にゆきました。 広々とした公邸の庭は、雲の白さが陽に反射して、木々の梢の美しさに見とれました。 首相夫人外相夫人と清和会のことで要談を致しました。来客が多く、夕方ま …

首相公邸 日本間 (1)

昭和七年一月九日(土)昨八日正午頃、桜田門外で不敬大逆事件突発のため、昨夕犬養内閣は総辞職を決行なされましたので、お見舞いをかねて朝十時に首相公邸日本間にゆきますと、首相夫人仲子若夫人・鳩山夫人もをられまして、御一緒に泣 …

大命降下 (4)

十二月二十日(日)たのみつけのタカラ自動車の佐野運転手にきてもらい、午後から夜八時半まで、犬養内閣に任官されました左記の清和会会員の婦人たちの御宅へ、祝詞の挨拶まわりをしました。… 秦豊助(拓務大臣)加藤久米 …

大命降下 (3)

新大臣となられた諸夫人たちが、あらたまった喜びのお顔で、お礼言上にこられました。… 応接間、お座敷、夫人の居間と祝客を振分けまして、新首相夫人がそれらの室を順よくまわられる間の、つなぎの接待を致しました。次ぎ …

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