~龢【和】を尊ぶ心を育み、世界へ繋げる~
活動報告

歴史を支えた“やまとなでしこ”

塩原静スタイル (五) ー茶の行で肚をつくるー

茶の行で肚をつくる 大正9年6月18日横濱平沼岡野公園で裏千家眞行の許しをいただいた印次の日の記念にとった寫眞です。 私はその頃お茶に心酔してゐました。近頃はよく肚をつくるといふことがいはれて、今度文部省で國民学校の實施 …

清和会 (四)

政友会所属貴衆両院議員夫人七十余名が出席されました。 会長犬養千代子より、鳩山薫、塩原静が常任幹事として指名されました。そして私が会則の説明をしました。新聞記者たちの対応も私でした。お茶の会は5時に散会いたしました。盛大 …

清和会 (三)

12月14日、犬養邸で、健氏と鳩山夫人と私は、発会式について相談をいたしました。その日の午後、鳩山夫人と二人で大阪ビルのレインボーにゆき岡村支配人と、12月20日の発会式の会場の事で交渉を致しました。 12月17日午後、 …

清和会 (二)

鳩山夫人には、田中内閣の時代に夫人たちの結束の必要を、痛感されてをられながら、その機械が得られなかった、といふこともわかりました。 それで水野夫人の提案に大賛成されまして、そのため鳩山夫人と私とは度々面談しまして、具体案 …

清和会

私は、婦選獲得同盟の役員を辞任しました。そしてすぐに明大女子部法科の聴講生となりました。その挨拶状を各方面に出しますと、間もなく、水野錬太郎夫人から白金猿町の自邸に招かれました。そして慰労の食事を、御一緒に致しましたとき …

古ごよみ ~歩み~ (二)

政友会や民政党にはその頃の委員長としての私の働きを記憶して下さる代議士の方々もありました。そんなわけで田中義一内閣の時代から、水野錬太郎夫人や鳩山一郎夫人には委員長として特に親交を得て、婦選運動のためには水野夫人の陰の援 …

古ごよみ ~歩み~

    私が赤いテガラの丸髷に結ったと申しても、本当にされないでしようけれども、太神宮の神前挙式から震災までは築地河岸にあつた精養軒で披露した結婚生活も、相互の家庭や性格の相違その他の事情から二年あま …

古ごよみ ~芽生え~ (二)

 生来の好学心はやまず、鹿子木 員信博士の指導下にあるカント哲学研究所のイリス会に入って勉強したり、その頃唯一の女ばりの同人雑誌「たかね」に短編小説を書いたりしていた文学娘で、吉屋信子女史や森田たま女史はその頃の先輩であ …

古ごよみ ~芽生え~

娘時代は横浜に居り、大正十二年の大震災までは貿易商でした。その頃の私はやせていて神経質な、山手にある女学校の窓から港を眺めては、感傷的になるような娘でした。 横浜時代は三度も入院騒ぎをするような弱虫のくせに、気持ちばかり …

古ごよみ ~幼少期~ (二)

虫干の度にその当時の台付けの波や貝形など、まだ緋色もさめない総鹿子絞りの布や、羽二重の小さな足袋などが出てきますと、母はなつかしそうにして昔話をくりかえしました。 父は政治道楽にかなりな冗費をしたようで、商家でありながら …

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